東京備忘録

最近、ひどく忘れっぽいので

【1】2017.05.03 立川

「ねえ、正直な話して良い?」
男の随分と勿体ぶった言葉を聞いて、女は静かに頷いた。雑踏のネオンに照らされながら歩を進める2人の間には妙な緊張感が漂っている。
「俺って、優しいのかな」
男は目線をまっすぐに捉えたままこう話した。
ゴールデンウィークの真夜中、立川の繁華街。目の前を歩いているスーツ姿の男女が唐突にこうしたやりとりを始めたものだから私は彼らに刮目した。その2人、20歳台の後半あたり。互いに仕事用のバッグを携えているその姿から、カップルではなく同僚であることが推測された。
男の唐突な問いに対して、女は返事を返さなかった。ただ動揺した様子はなく、まるでそのような言葉が来るのをわかっていたかのような佇まいで、少し嬉しそうな感じすらあった。
交差点の歩行者信号が赤になる。信号を待つ2人に会話はなかった。信号が変わると、2人は交差点を渡りそのまま煌びやかな看板が光る駅前のカラオケ店に向かった。
「付き合っちゃえよ」
私は彼らの後ろ姿にそう投げ掛けた。
もうすぐ終電が終わる。歩行者信号が彼らをひやかすように点滅を始めた。

【はじめに】

最近、めっきり忘れっぽくなってしまった。
元々、記憶力は脆弱な方であるが、最近は輪をかけてひどい。先日、私は池袋に降り立ち、学生時代によく通っていたラーメン屋を行こうと思い立ったのである。そして自らの記憶を頼りに歩を進めたのであるが、不思議なことに歩けども歩けどもラーメン屋にたどり着かない。なんとなくラーメン屋の近くに来ていることはわかるのだが、決め手を欠いて同じところをぐるぐる回っている。そんな時にふと自らがラーメン屋の場所を忘れているかもしれないという現実に直面したのである。いやいや、そんなはずはない。何故なら、あれほど通ったお店。そこには私だけでなく、一緒に行った旧友たちとの思い出もある。私のプライドにかけても絶対に探し出す。そう思ったのであるが、結局見つからず、最終的に私はスマートフォンの地図を広げてお店を探した。お店はすぐに見つかった。
その出来事は私の中で深く影を落とした。家に帰ると私は、薄暗く空虚な部屋の中でぼんやり考えた。今後、私はあれほど楽しかった場所や出来事の数々を忘れていってしまうのだろうか。そう考えると、とても不安な気持ちになり、部屋に立ちすくんでしまった。思えば最近、旧友たちとの昔話の際、細部を思い出せず、曖昧な表情を浮かべながら友人の話を聞くことが多くなった。当たり前のことであるが、私はこれまでに経験してきた素敵な思い出を何一つ忘れたくはないのである。
そのため私は、「備忘録」を書こうと思った。記憶から抜け落ちやすい日常における何気ない会話や風景。そうしたものを忘れぬうちに自らの言葉で記録し、残しておくものとして。
私にとっての日常は幼少期から今に至るまで20年以上暮らし続けてきた東京。実際に、これまで過ごしてきた中で忘れたくない東京の風景は数多くある。そして今後も東京で暮らしていく中でそういったものは増えていくのだろう。
そうして私は「東京備忘録」などという仰々しいタイトルのブログを立ち上げ、そこに東京での忘れたくない思い出を書き連ねようと思い立った。これまでに書いてきた虚偽にまみれた日記(http://blog.livedoor.jp/ano_zero/)と並行しながら思い付いた時にゆるゆると書いて行こうと思う。どうぞよろしく。