東京備忘録

最近、ひどく忘れっぽいので

【1】2017.05.03 立川

「ねえ、正直な話して良い?」
男の随分と勿体ぶった言葉を聞いて、女は静かに頷いた。雑踏のネオンに照らされながら歩を進める2人の間には妙な緊張感が漂っている。
「俺って、優しいのかな」
男は目線をまっすぐに捉えたままこう話した。
ゴールデンウィークの真夜中、立川の繁華街。目の前を歩いているスーツ姿の男女が唐突にこうしたやりとりを始めたものだから私は彼らに刮目した。その2人、20歳台の後半あたり。互いに仕事用のバッグを携えているその姿から、カップルではなく同僚であることが推測された。
男の唐突な問いに対して、女は返事を返さなかった。ただ動揺した様子はなく、まるでそのような言葉が来るのをわかっていたかのような佇まいで、少し嬉しそうな感じすらあった。
交差点の歩行者信号が赤になる。信号を待つ2人に会話はなかった。信号が変わると、2人は交差点を渡りそのまま煌びやかな看板が光る駅前のカラオケ店に向かった。
「付き合っちゃえよ」
私は彼らの後ろ姿にそう投げ掛けた。
もうすぐ終電が終わる。歩行者信号が彼らをひやかすように点滅を始めた。